返報性と一貫性は、ロバート・チャルディーニ氏が「影響力の武器」の中で示した6つの影響力のうち、交渉や説得の場面でとくに意味を持つ影響力です。
これを武器として用いる人間が多いので気をつけるべし、というのがこのタイトルの言葉の趣旨です。
返報性と一貫性に注意せよ
返報性とは、人に何か施しを受けたら、お返しをしなくてはいけないと考える人間の性向を指します。
「借り」がある状態は気持ちが悪い為、なるべく解消したいと考える人間の性向とも言えます。
返報性の怖いところは、「借り」が実在しない架空のケースでもそれを感じてしまうことです。「いやあ、上司を説得するのにかなり骨が折れましたよ」などと言われれば、多くの人は相手に「借り」を作った感じを抱くものです。
一方で、一貫性とは、一貫した立場を取る人間と周りから見られたいという人間の性向です。コロコロ言うことを変える人間は、周りから信頼されないということに起因します。一貫性も非常に強く人間の行動に影響を与えます。
返報性と一貫性を利用した有名な交渉術や説得のテクニックが次に紹介するものとなります。
1 ドア・イン・ザ・フェイス
これは返報性を利用した超有名テクニックです。ここではAとBの交渉を考えます。最初にAがBに対して過大な要求をします。例えば、「50万円の寄付をお願いします」といった感じです。Bとしてはとても受け入れることはできないので、「流石に無理ですよ」などと答えます。それを受けてAは、「では10万円ではいかがでしょう」などと要求を下げます。
Bは、Aが要求を下げてくれたことに「借り」を感じ、多少その要求はまだ高いと感じていたとしても、その条件を飲んでしまうのです。往々にして、その下げた方の条件が、元々Aが狙っていた条件かも知れないのです。
2. フット・イン・ザ・ドア
これは一貫性を利用したテクニックです。ここでもAとBの2人を想定します。今度は、まずAが3000円の寄付をBに募ります。Bとしては、「3000円ならまあいいか」ということで気軽に応じます。そして、暫くしてからAはBにこう言います。
「Bさんは○○に非常に高い関心を持たれていますね。既に一度寄付もしていただきました。つきましては、改めて1万円の寄付をお願いできないでしょうか」。
気が強い人間であれば断ることもできますが、ちょっと気の弱い人間であったり、その寄付行為が別の人に公開されている場合には、一度自分が取った立場を変えることを逡巡し、相手の要望を受け入れてしまうのです。
そして、徐々にエスカレートする相手の要求を断れないまま、気が付いたら数万円の寄付をしてしまう、ということになってしまうのです。
3. ローボール
これも一貫性を用いたテクニックです。このテクニックでは、まず、気軽に協力してもらえるような要求を飲んでもらいます。例えば、AがBに対して、「ちょっとブレストをしたいから、15分時間貸して」というイメージです。
この程度であれば、安請け合いするでしょう。問題はここからです。
「ところで、そのブレスト、土曜の朝でもいい?」とAが言ったとします。Bとしては、土曜日は休みたいので、本来は断りたいのですが、一度引き受けた以上、断りづらくなるのです。これは、周りに人がいる場合により顕著になります。そしてAは更に畳み掛けます。「ところで、こういう資料も用意してもらっていいかな?」
もし、最初に「土曜日の午前中にブレストをしたいので、資料を準備の上、15分ほど参加して」と言われていたら断っていたかも知れないのに、徐々に小さな要求を受け入れてしまったため、最終的に大きな要求を飲むことになってしまったのです。
これらのテクニックは、まずはこうしたものがあるというのを知っておくことが大切です。そして、「来た!」と感じたら、多少心に気後れする感じがあったとしても断固として断る、あるいは、相手に質問を返すことで、相手の不当性をえぐり出すなどが効果的です。
議論の目的は勝利ではなく改革である
社内会議が、「戦いの場」となることがあります。A案支持派とB案支持派がぶつかって泥沼化し、最終的にはどちらかに決まったものの、皆がエキサイトしてしまって感情的になり、非常に後味の悪いものが残ったという経験をされた方もいることでしょう。
ディベートであれば、勝ち負けを競うものですから戦いになっても問題はないのですが、社内の会議は本来「企業価値を向上させる」という同じ目的を持つ仲間同士のはずです。議論はやはり会社にとってより良い方向性を打ち出すべきものでしょう。
なお、このタイトルの言葉はフランスの思想家、ジョゼフ・ジュベール氏のものとされています(訳によっては「改革」ではなく「改善」として引用されるケースもあります)。
何故、人間は議論での勝利を目指してしまうのか。いくつかの理由が考えられますが、代表的なものは次のようなものでしょう。
1 所属組織の利益代表になっている
2 自分の不利になることは一切許容できない
3 議論に負けると人格を否定された気分になる。負けず嫌い
3.の負けず嫌いは別にすると、他のものは基本的に全社視点の欠如や、Win-Winのクリエイティブな解決策を模索する姿勢の放棄の現れです。
こうしたことが頻発する組織は、組織としての創造力もなく、決して競争力の高い組織とは言えないでしょう。
Win-Winのクリエイティブな案を生み出すのは確かに容易なことではありませんが、集合知が必要な場面とも言えます。
特に、高い立場の人間ほど、会議で対立が起きそうになったらそれを収め、全体最適になるような方向に議論を誘導することを心がけたいものです。
そうした姿勢が若手にも伝わり、組織の考え方を柔軟にすると同時に、仲間意識を醸成するからです。
まとめ 自分の話術を高める技術としても使える
広報やPRでも「影響力の武器」の考え方は使えます。また、社内の会議で相手を言い負かしても何も得られないことも知りました。ぜひ使っていきましょう!